先の師匠である雲巌和尚様の供養があった。その席で正面に祀ってある師匠の肖像画を見ながら弟子の洞山が、生前の師匠との話としてこんな話をした。
「和尚様が御逝去された後に和尚様の真を描けるかと誰かに聞かれたら、何と言ったら良いか。」と質問したところ「只、これ是れ、と言えば良いのだ。」と言ったという。
真を描くとは、肖像画にかこつけて師匠の教えの真意は何か、ということである。それを師匠の雲巌和尚曰く「只、これ是れ」と言ったという。この時は弟子の洞山はどうしても理解できず、危うく誤解するところであった。
時が経ち、行脚に出た。川を渡る時に水に写った自分の顔を見て大いに悟るところがあった。その時発した言葉が、「写っている彼は確かに我である。しかし、我は写っている彼ではない」であった。そこではじめて「只、これ是れ」の真意を悟ったのである。
人は情念が豊富である。亡くなるときに臨んで、皆がみな「楽しかったよ。有難う。」と死んでいくとは限らない。怨念、憎悪、悲嘆、惜別、自責、悔恨、慚愧、絶望、或いは望郷などなどの念を残して死んでいく。人間はそういう性格をもっているようである。
戦後、旧ソ連が旧満州に攻め入って日本の兵士と民間人約六十万人を拘束した。シベリア、中央アジアなどに連行し強制労働させて寒さや飢餓で約六万人が亡くなった。南方の島々への戦没者遺骨収集団体もあるが、ここではシベリア抑留死者遺骨収集また墓参のことである。その土地に着くと、遺族はしゃがみこんで地面を叩きながら「寒かったろうなあ、日本に帰りかったろうなあ、悔しかったろうなあ、無念だったろうなあ。」と慟哭するという。想像を絶する悲嘆であろう。戦争が終わった、さあ、帰れるぞ、と思っていた矢先、旧ソ連(ロシア)に連行された。そして重労働させられて死んでいった。怨念の極みである。
死者の思いはそのまま遺族の思いである。そしてそのまま遺族の思いが死者への慰霊となるのである。同情なんていう生やさしいものではない。自分を投げ出しての弔意である。それでこそ死者は浮かばれるのである。
どう足掻こうと、いかに嘆こうと、そこから一歩も出ることは出来ない。孫悟空が神通力で遥か彼方に飛んで行き、逃げ切ったと思っても、そこは如来の手のひらであった。どんな足掻きであっても如来に護られているという物語である。彼の嘆きは我の嘆き、我の嘆きは、もう既に仏の嘆きだということである。
現代は高度な文明社会にも関わらず、世界を見渡すと、未だにおぞましい非道な戦争また殺戮や拷問が行われている。被害国からは「仏の嘆きだ、如来の手のひらだなんて、そんなのは絵空事だ。」と怒られそうだが、しかし、やっぱり心の奥に「只、これ是れ」と聞こえて来ると達観しなければならない。世間の話しではない。格外の安心立命する世界である。
芭蕉葉上に愁雨なし、
只、是れ、時の人、断腸を聴く

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